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帝国ホテル東京料理長に聞く。ホテルとレストランは何が違うのか? | PRESIDENT STYLE

2019年4月、38歳の若さで名門『帝国ホテル』の第14代東京料理長に抜擢され、大きな話題を呼んだ杉本雄氏。本場フランスで培った経験と輝かしい実績を礎に『帝国ホテル』で働く約350名の料理人を率いることになった杉本料理長に、複数の飲食部門を設ける「ホテル」のトップシェフになるということは、どういうことなのか?「レストラン」との大きな違いとは何なのか? 杉本料理長の歩みとともに聞いてみた。

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『帝国ホテル』で料理人になる! と決めていた少年時代

―――そもそも、なぜ、杉本シェフは料理の世界を目指したのですか?

杉本シェフ(以下、杉本)「はい。祖父も父も料理好きで、その影響か私自身も幼少の頃から台所にはよく入っていました。自分の料理を家族が喜んで食べてくれることが嬉しくて。当時、テレビでは「料理の鉄人」も人気で、その頃は中華の料理人に憧れていましたね」

―――幼い頃から料理の世界に興味を持っていた杉本シェフですが、フランス料理に惹かれたきっかけは?

杉本「小学生時代、両親の友人の結婚式に出席したのですが、その会場が『帝国ホテル』でした。そこで、生まれて初めてフランス料理を食べたのですが、美味しさはもちろん、精密さや美的センスに衝撃を受けました。今でもその感動が鮮明に刻まれていますね。あの時の経験が原点ではないでしょうか」

―――小学生で『帝国ホテル』のフランス料理を体験。幼少の頃では、なかなかできない経験ですよね。

杉本「ははは(笑)。そうですよね。でも、その経験があったから料理人になる! 働くなら『帝国ホテル』しかない、と心は決まっていました。それで、高校生の時に『帝国ホテル』の人事部へ連絡をしたんです。「料理人として就職させてほしい」と」

38歳という若さで料理長となった杉本雄シェフ。優しく穏やかな口調で話すが、熱い気持ちが伝わってくる

―――直接、入社の希望を人事部へ。すごい行動力ですね。

杉本「無謀ですよね。でも、人事の方から「現在、高卒の料理人の採用はありません」と言われてしまい呆然としました。ただ、そのとき、料理人として働きたいのであれば、まずは調理師学校で基礎を学んでからの方がいいとアドバイスをいただいたんです」

少年時代の夢を叶えるため有名進学校から、調理師学校へ

杉本「当時、私が通っていた高校は進学校で、ほとんどの生徒が大学進学を選択する学校でした。まして、調理師学校を希望するような生徒なんていません。私自身は卒業したら「就職」と心に決めていたので、調理師学校があるという考えも一切なかった。ただ、『帝国ホテル』では高卒採用がない……そこから、調理師学校への進路変更です。でも、どこの学校が良いのかも分からなくて人事部の方に「では、どこの学校で勉強すれば『帝国ホテル』に入れますか?」と質問をしたんです。失礼ですよね(笑)。それで、幸いにも当時『帝国ホテル』への輩出者が比較的多い「武蔵野調理師専門学校」を教えていただき、他の学校の資料を見ることなく、進学を決めました」

2020年に130周年を迎える『帝国ホテル』。格式の高さがその歴史を感じさせる

念願だった『帝国ホテル』に料理人として入社! と簡単にはいかず……

―――調理師学校で1年間みっちりと基礎を身につけた杉本シェフですが、すんなりと就職ができなかったそうですね。

杉本「そうなんです。当時は就職氷河期と言われた時代で、『帝国ホテル』でも料理人の新規採用が無い年でした。そこで、アルバイトでもいいので入ろうと考えたのですが、調理のアルバイト募集も空きもない。そういった状況でした。けれども『帝国ホテル』に入りたい気持ちに変わりはなかったので、本館17階の『レインボーラウンジ』(現『インペリアルラウンジ アクア』)でアルバイトのウェイターとして働かせてもらいながら、料理人の枠に空きが出来るのを待つことにしました」

―――その後、無事、料理人として働くことができ、配属されたのがメインダイニングである『レ セゾン』ですよね。

杉本「はい。『帝国ホテル』には、複数のレストランがあるほか、宴会など様々な部門があるので、350名近くの料理人が在籍しています。若手は色々な部門で経験を積むものなのですが、いきなり『レ セゾン』でフランス料理を学べることになるとは、運が良かったとしか言いようがありません。でも、自分なりには『帝国ホテルでフランス料理を学ぶ』という目標を設定した時点で、そのためにはどのように行動しなければいけないのか、何を実行しなければいけないのかを逆算して考え、キャリアプランを立ててきたつもりです。だからこそ気持ちがブレずに進んでこられたんだと思います。ちょっと無謀にも聞こえますが……」

杉本シェフがキャリアをスタートさせた『帝国ホテル』のメインダイニング『レ セゾン』。フランス料理を志す料理人の憧れのレストラン

あれほど憧れた『帝国ホテル』を退社し、本場フランスへ。

―――やっとの想いで夢が叶い、『レ セゾン』で多くのことを学んでいた杉本シェフですが、入社から5年で一度退社を選んだそうですね。

杉本「きっかけは、フランスからシェフを招聘し、開催されたフェアでした。来日したシェフの繊細な仕事と集中力、美的センスを目の当たりにして打ちのめされました。すべてが別格なんです。それで、本場フランスで修業したいという気持ちが膨らんでいきました。せっかく『帝国ホテル』のメインダイニングという夢の場所で働けているのですが、組織に属している以上、人事異動などもあります。そうなると、自分の描いていたキャリアプラン通りに行かないこともありますよね。自分は「フランス料理を極めたい」と決めていたので、それにはフランスに行かなければと思って退社を決断しました。お世話になった田中総料理長(現:特別料理顧問)や先輩、同僚にも反対され、申し訳ない気持ちで一杯だったのですが、気持ちが変わることはありませんでした」

―――こうと決めたら、一切ブレない。そんな杉本シェフに芯の強さを感じます。退社後、フランスではどうされたんですか?

杉本「三つ星のレストランで働くつもりで行ったのですが、当然コネクションもまったくないですから。では、三つ星で働くにはどうすればいいのかを逆算して考えて、ひとつひとつ開拓していったという感じです。最初は、レストランに何十通も履歴書を送りました。運良く採用されても希望の料理人ではなく、ウェイターだったりすることもありました。けれども、その経験でフランス語も上達できましたし、ワインの知識レベルも向上したのは間違いないですね」

ふたりのスターシェフとの出会いで、さらなる高みへ

―――一見、猪突猛進のようにも見えますが、目標達成への逆算したキャリアプランの組み立て方をする杉本シェフの考えは、業界が違ってもビジネスの進め方として有効な手段のひとつといってもいいかもしれないですね。それで、その後はどうされたのですか?

杉本「いくつかのレストランで経験を積んだ後、パリの名門ホテル『ル・ムーリス』のメインダイニングで働けることになりました。在職中は、ヤレック・アレノ氏、アラン・デュカス氏という二大スターシェフの下でスーシェフも任され、ふたりの料理哲学を学べた経験は非常に大きなものでした。まさに、財産と言える時間を過ごせました」

フランスからの帰国。そして、『帝国ホテル』へ再入社

―――その才能を開花させ、フランスでも実力が認められていた杉本シェフですが、なぜ、『帝国ホテル』へ戻ってくることになったのですか?

杉本「フランス在住時は、在職中に一緒に働いていた先輩たちが『帝国ホテル』の研修制度でフランスへ来た際に、滞在のサポートをしていました。その話が田中総料理長(当時)の耳に入ったのか、再びお会いする機会にも恵まれ、連絡を取らせていただくようになりました。それから少し経った頃、田中総料理長の後任候補のひとりとして『帝国ホテル』から打診をいただいたんです。「二度と『帝国ホテル』の敷居は跨げない」と思っていましたし、まだまだ、フランスで挑戦したいこともあって悩んだのですが、自分の料理の基礎を学ばせてもらった『帝国ホテル』だから、帰国を決意しました」

「黒鮑/フォワグラ 塩釜に閉じ込め低温で蒸しあげた磯香る一品」。杉本シェフが帰国後に手がけた繊細なひと皿

―――当時、フランスやロンドンの星付きレストランで総料理長も務めていた杉本シェフですが、『帝国ホテル』へ戻った時の担当は宴会部門だったと聞いています。海外のレストランでやっていたこととの違いや戸惑いはありましたか?

杉本「まず、日本と海外のホテルにおける宴会の重要性がまったく違っています。日本ではホテルの宴会場を利用した大人数でのパーティや婚礼などが、文化として根づいています。700~800名規模の宴会場を持っているホテルは、海外ではあまりありません。以前、私が働いていた『ル・ムーリス』のメインダイニングでも200名くらいが最大です。そういった捉え方からも日本のホテルの顔と言えば大きな宴会場、海外のホテルの顔は星付きのメインダイニング。そこが大きな違いでないでしょうか」

『帝国ホテル』の宴会場(イメージ)。最大で2000名程度収容できる会場も有している

―――たしかに、宴会となるとレストランと比べて規模感も、まったく違ってきます。厨房の大きさやスタッフの数も多くなり、指示も通りづらかったりすると思うのですが、その点の難しさとかはありますか?

杉本「宴会部門の担当になった最初は、どこで何が起こっているのかさえ分からないような状況でした。レストランであれば、60名程のお客様を2時間~3時間でサービスするのが通常なのですが、『帝国ホテル』の宴会や婚礼では数百名規模の料理を一斉にお出ししています。その為には、技術と無駄のないオペレーションが必要です。そこは、レストランとは違うやり方でもあるので、3年前に宴会部門の担当になった当初は「まだまだ学ぶことが多い」と感じました。でも、大変でしたが楽しくて仕方が無かったですね。自分なりに試行錯誤をして、これまでとはやり方を変えたこともあります。色々なことにチャレンジさせていただきました」

―――宴会担当を経て、2019年4月に、東京料理長へ就任した杉本シェフですが、約350名からなる『帝国ホテル』東京総料理長として、部下をどのようにマネジメントしていますか?

杉本「就任の時は、身の引き締まる思いでした。それと同時に、リーダーとして、これまで以上にコミュニケーションが必要だと感じました。料理人のなかには、かつての先輩もいますので、お互いに言いづらい時もあるかと思いますが、自分の意見も伝えながら、相手の意見も聞きながらコミュニケーションしていきたいと思います。その中で全体をどのようにマネジメントしていくかを見つけ出します。料理長になって自分で料理を作る時間をなかなか持てなくなり、少し寂しいのですが“チーム一丸”となって美味しいものを届けていきたいと思います。それが『帝国ホテル』への恩返しにもなると思うので」

杉本 雄/Yu Sugimoto
1980年11月生まれ。武蔵野調理師専門学校卒業後、1999年『帝国ホテル』に入社。メインダイニング『レ セゾン』で料理人としてのキャリアをスタートさせる。2004年に同ホテルを退社し、渡仏。現地では料理だけではなくホールサービスも経験。2006年にパリのホテル『ル・ムーリス』へ。同店では、ヤニック・アレノ氏、アラン・デュカス氏というスターシェフのもとで研鑽を積む。その後、2つのレストランで総料理長を務めて帰国。2017年4月に『帝国ホテル』に再入社。調理部宴会調理課支配人を経て、2019年4月に、第14代目の『帝国ホテル』東京料理長に就任。

text:PRESIDENT STYLE
photograph:Takuya Suzuki

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