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WEB特集 なぜこの2人が…ノーベル平和賞が問いかけるもの | ノーベル賞2021 | NHKニュース

なぜこの2人が…ノーベル平和賞が問いかけるもの



ことしノーベル平和賞に選ばれたのは、2人のジャーナリスト。ロシアの新聞「ノーバヤ・ガゼータ」のドミトリー・ムラートフ編集長(59)とフィリピンのインターネットメディア「ラップラー」のマリア・レッサ代表(58)です。政治家でも国際組織のトップでもない、ジャーナリストたちになぜ平和賞が贈られたのか?
そのヒントとなるのがロシアとフィリピンの「報道の自由度」ランキングです。
1位 ノルウェー、67位 日本、138位 フィリピン150位 ロシア、177位 中国、179位 北朝鮮 「国境なき記者団」まとめ)
そこにはそれぞれの国の「報道の自由」をめぐる、壮絶な闘いの日々がありました。
(モスクワ支局記者 禰津博人 マニラ支局記者 山口雅史)


銃に屈しなかった男

Q ドミトリー・ムラートフ編集長って、どんな人?

ロシアの独立系の新聞「ノーバヤ・ガゼータ」の創設者の1人で、通算24年にわたって編集長を務めてきました。政府高官の汚職やロシア国内の環境破壊の問題を報じるなどプーチン政権に批判的な姿勢を貫き、ロシアで報道の自由を守る中心的な人物として国際的にも評価されてきました。

Q なぜ選ばれたの?

ムラートフ氏が編集長を務める「ノーバヤ・ガゼータ」は、プーチン政権に批判的な姿勢を示してきたことで知られ、一方で、これまでに6人のジャーナリストが殺害されるなど激しい脅迫や暴力を受けてきました。

ノーベル平和賞の選考委員会は「こうした脅しにもかかわらず、ムラートフ編集長は、ジャーナリストが書きたいことを書く権利を守り続けてきた」と授賞理由を述べ、その功績を高く評価しています。

Q 6人も殺害された「ノーバヤ・ガゼータ」って、どんな新聞社?

1995年の創設当初から権力におもねることのないリベラルな論調で知られ、2000年に就任したプーチン大統領とははじめから水と油のような関係でした。

幾多の弾圧を受けてきましたが、なかでもロシア社会を震撼させたのが2006年におきたアンナ・ポリトコフスカヤ記者の殺害事件でした。
ポリトコフスカヤ記者はチェチェン紛争をめぐって世界的なスクープを連発した敏腕記者で、紛争を遂行したプーチン大統領や政府の高官たちを厳しく批判していました。しかし2006年モスクワ市内のアパートで何者かに銃で撃たれ、殺害されてしまいます。
その後、実行犯は逮捕され実刑判決を受けましたが、誰が殺害を命じたのかなど事件の全容はいまも解明されていません。

実はノーベル平和賞が発表された前日の10月7日は、ポリトコフスカヤ記者が殺害されてちょうど15年の命日でした。

受賞決定の知らせを聞いたムラートフ編集長は殺害された6人のジャーナリストひとりひとりの名前を挙げたうえで「この賞は私にではなく、亡くなった同僚たちに授けられたものだ」と語っていました。

Q プーチン政権の言論弾圧って、そんなに厳しいの?

報道や言論の自由を封じ込める動きが年々加速しています。2017年には政府の管理を強める法律がメディアにも適用され、当局が「外国の利益のために活動している」とみなす団体や個人は「外国の代理人」すなわち「外国のスパイ」に指定されるようになりました。対象となるのは、ロシア政府や国営企業の資金的援助を受けない、いわゆる独立系のメディアがほとんどです。
「外国の代理人」に指定されると当局の監視がいっそう強まるため、スポンサーが離れ、経営難に陥り、最後は閉鎖に追いやられるメディアも相次いでいます。
ロシア法務省は10月8日現在、85の機関と記者を「外国の代理人」に指定しています。特に9月の議会選挙前には、独立系メディアが次々と「外国の代理人」に指定され、政権批判を封じ込め、与党を圧勝させたい狙いがあったとみられています。

Q プーチン政権はどう反応?

ロシア大統領府の報道官はノーベル平和賞の発表直後に短い祝福のメッセージを出しましたが、プーチン大統領はコメントしませんでした。
一方、発表があった8日、ロシア法務省は新たに3つの報道機関と9人の記者を「外国の代理人」に指定しました。今回指定されたのは、やはりプーチン政権に批判的な国際的な調査報道グループ「ベリングキャット」やイギリスの公共放送BBCの記者などです。「メディアへの圧力を緩めるつもりはない」というプーチン政権の姿勢を暗に示していると言えそうです。

ドゥテルテ大統領と闘う女

Q マリア・レッサさんって、どんな人?

フィリピン生まれで、アジア各地で30年以上、ジャーナリストとしてのキャリアを積んだあと、アメリカのテレビ局CNNのマニラ支局長などを経て、2012年インターネットメディアの「ラップラー」を設立し代表を務めています。
ポジティブな性格で、いつも笑顔を絶やさない明るい人柄で知られています。ただしジャーナリストとしての信念の強さは筋金入りで、強権的なドゥテルテ政権に対しても歯に衣着せぬ記事を書き続けてきました。

レッサさんの口癖は「人々が事実を知ることができなくなったら、そこに民主主義はない。私たちはもうそのふちまで来ている」というもの。報道の自由が抑圧されることへの危機感がよくあらわれています。

Q ドゥテルテ政権の何を批判してきたの?

大統領個人や政府機関による「権力の乱用」を厳しく批判してきました。特に大々的に報じたのが、暴力的とも言える麻薬の取り締まりです。麻薬を取り締まって何が悪い、と思われるかもしれませんが、ドゥテルテ政権の取り締まりは度を超えています。

例えばこちらの写真。手前の黄色いベストを着た警察官に対して、部屋の奥にいた容疑者が「投降する!撃たないでくれ」と叫んだ瞬間の映像です。しかしこのあと警察官は、少なくとも14発の銃弾を浴びせ容疑者を殺害しました。

レッサさんらは、こうした取り締まりで100人以上の未成年者が殺害されたとする調査報道を去年6月に発表し、フィリピン国民に衝撃を与えました。

その報道を裏打ちするかのように、ことし6月、オランダにあるICC=国際刑事裁判所の検察官は、2016年に発足したドゥテルテ政権について「最初の3年間だけで1万2000人から3万人を殺害した」と指摘し、ICCの予審裁判部に正式な捜査の許可を求めました。

その3ヶ月後、予審裁判部は「『麻薬戦争』と呼ばれる形で『人道に対する罪』にあたる殺人が行われたと判断する合理的な根拠がある」として正式な捜査を検察官に許可しています。

Q フィリピンでも「報道の自由」は抑圧されている?

ドゥテルテ政権が発足して以来、悪化の一途をたどっています。もともとフィリピンでは独裁体制を敷いたマルコス元大統領(1917~1989年)の時代の反省から、報道の自由は民主主義を守る要と見なされ、一定の敬意が払われてきました。
しかしドゥテルテ大統領は、みずからが進めた暴力的な麻薬取り締まりに対し「人権侵害だ!」と批判する世論が強まると、メディアとの対決姿勢を鮮明にしました。
例えばフィリピン最大の民放だったABS-CBNは去年、突然、免許が取り消され、今も一部のケーブルテレビなどを除くと、放送が再開できない異常事態が続いています。

Q レッサさんは、大丈夫なの?

ドゥテルテ大統領は去年、国民向けのテレビ演説で、レッサさんを名指しで批判したことがあります。「レッサは詐欺師だ。やつの嘘を全部暴いてやる」といった暴言が全国放送されたのです。国家元首とは思えない、個人攻撃に眉をひそめる国民も少なくありませんでした。
このほかレッサさんは、3年前、政権との関係が深いとされる男性から名誉毀損で訴えられ、裁判の法廷に立たされたことがあります。リベラル派の法律の専門家によりますと、本来適用できないはずの法律が恣意(しい)的にあてはめられ、最長で禁錮6年の有罪判決を言い渡されました。フィリピン国内では「裁判官が政権の意向を忖度し、報道を抑圧した」と激しい批判が巻き起こりました。
レッサさんは保釈されたものの、裁判はいまも続いています。

後説

Q ことしのノーベル平和賞で、世界は変わるの?

「言論の自由」や「報道の自由」はロシアやフィリピンだけでなく、世界各地で後退し、国際的な課題となっています。
国際NPO「ジャーナリスト保護委員会」によりますと、去年(2020年)投獄されたジャーナリストは世界全体で274人に上り、過去30年近くで最も深刻な事態となっています。
例えば香港では反政府運動を取り締まる法律が去年施行され、この影響で中国に批判的な論調で知られた新聞の創業者や幹部が次々と逮捕、起訴されました。
またロシアと近い関係にあるベラルーシでは、ことし5月、ルカシェンコ政権によって旅客機が強制的に着陸させられ、反政権派のジャーナリストが拘束される事態も起きました。
「フェイクニュースだ!」のひと言で、みずからへの批判を封殺しようとする事態は、今や世界のあちこちで起きているのです。

国連のグテーレス事務総長は、ことしのノーベル平和賞について「報道の自由は平和や正義、人権のために不可欠だ。不正行為を調査し、市民に情報を提供し、指導者の責任を明らかにするジャーナリストがいなければ、自由で公正な社会は実現できない」と訴えました。

報道や言論の自由が損なわれ、ジャーナリズムが弱体化すれば、民主主義の土台が揺るがされかねない。ことしの平和賞は「言論の自由」「報道の自由」が抑圧されることへの危機感のあらわれであり、ジャーナリストやメディアにその果たすべき役割を改めて突きつけています。

モスクワ支局記者
禰津 博人
2002年入局
横浜局、国際部、政治部、テヘラン支局、
ワシントン支局、
ウィーン支局を経て現所属
ロシア・旧ソビエト担当

マニラ支局記者
山口 雅史
2006年入局
宇都宮放送局、
長野放送局、
報道局国際部を経て
2018年より現所属
専門はベトナム語

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