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ウクライナ侵攻を市民の目線で描く、無料のビジュアルノベル「Ukraine War Stories」 – 石田賀津男の『酒の肴にPCゲーム』

ウクライナで開発された、ロシアのウクライナ侵攻を題材にしたゲーム

「Ukraine War Stories」のタイトル画面

 ロシアによるウクライナ侵攻を描いたビジュアルノベル「Ukraine War Stories(ウクライナ・ウォー・ストーリーズ)」が、Steamで無料配信されている。開発したのはウクライナの首都キーウにあるStarni Games。

 本作は、今年2022年2月から起きたウクライナ侵攻をテーマに、実際の報道情報や目撃者の証言をもとにして制作。本作を無料で提供するのは、ウクライナで起きたことを世界中の人に知ってもらうためだという。

 本作では、ウクライナ侵攻における激戦地を題材とした3つのシナリオが用意されている。主人公は兵士ではなく、一般市民。それまで何気なく暮らしていた市民が、突如として戦争に巻き込まれ、どう過ごしていたのかを、その市民自身の目線で語る作品となる。

激戦区を市民の目線で描く3本のシナリオ

 ゲームはシナリオを読み進めつつ、途中に出てくる選択肢を選ぶというオーソドックスなテキストアドベンチャー。初回起動時は英語になっているが、設定で日本語を選択して再起動すると、その後は日本語でプレイできる。

 本作の肝は、もちろんシナリオにある。3つのシナリオの概要を紹介しよう。

「ホストメリ」

元航空機設計者の老人オレクシー

 首都キーウから約30kmの場所にある、アントノフ国際空港を有する町。主人公は脚を悪くした老人オレクシーで、妻と2人で暮らしている。隣家ではキーウの大学に通う20歳の娘が、まもなくロシアが侵攻してくるのではとの懸念から疎開してきたばかり。

 アントノフ国際空港は、ロシアが侵攻開始直後に空挺部隊を送り、占拠を試みた場所。ロシアがこの空港を抑えれば、キーウから目と鼻の先にある場所へ兵員や物資を送り込むことが可能となる。ゆえに今回の激戦区の1つとなった。

 本作ではロシアの侵攻の様子や、ロシアに占拠された後の市民生活を描いている。

「ブチャ」

15歳の少年ヤリク

 首都キーウから約25kmの町。ウクライナ侵攻が始まってすぐ、15歳の少年ヤリクと2つ年上の姉がキーウから2時間かけ、母の知り合いを頼って疎開する。

 ブチャは、ロシアがキーウ侵攻の拠点とするため侵攻し、約1カ月にわたって占拠された。後に解放されたが、ロシア軍による略奪や民間人の虐殺が報告された。キーウから近い場所だったこともあり、世界中へセンセーショナルに報道された。

 本作では少年の目線から、ロシアの支配下で姉弟や近隣住民がどう生き抜いていくかが描かれる。

「マリウポリ」

外科医のディマ

 ウクライナの南東部にあるドネツィク州の港湾都市。ここにある病院で、青年医師のディマがコロナ禍に頭を悩ませながら忙しく勤めている。

 ドネツィク州は南東部がロシアと接しており、付近の地域は2014年にドネツク人民共和国を名乗ってウクライナから独立宣言している。マリウポリは必然的にウクライナ侵攻における最前線であり、苛烈な攻撃が加えられた。市内にあるアゾフスタリ製鉄所はウクライナ軍の拠点とされ、避難してきた民間人を守りながらの籠城戦が続けられた。後に民間人は市外へ避難し、ウクライナ軍は降伏した。

 本作では戦争で傷ついた市民が病院に次々と運び込まれ、医師はできる限り人を救おうと奮闘する。

マルチエンディングだが、ハッピーエンドは存在しない

 本作は選択肢によってシナリオが変化し、エンディングも変わっていく。選択肢によっては、近しい人が命を落とすこともあるし、場合によっては自らが殺されるということもある。

選んだ選択肢によってストーリー展開が変わる

 本作の主人公はいずれも軍人ではないので、ロシア兵と戦って撃退するような話は出てこない。ロシア兵から隠れたり、うまくやり過ごしたりしつつ、安全な地域へと避難するのが目的となる。最もうまくいけば、家族や親しい人たちと避難できることになる。

 ただ、どんなに選択がうまくいったとしても、決してハッピーエンドにはならない。砲撃で家が破壊されたり、隣人が殺害されたりと、多くの被害を目の当たりにしながら、何とか自分の身は無事だったということでしかない。

無事に避難できるエンディングもあるが、あくまで自分が無事だっただけ

 選択肢も、一見して優れた選択というのはほぼない。何かを得るが何かを失うといったものが多く、どれが一番マシだろうかという程度の消極的な選択が続く。ゲームシステム的に、選択によってキャラクターのパラメーターがどう変化するかが表示されるので、それをもとに攻略するというのは1つの手段になる。

 シナリオ自体はそう長いものではなく、エンディングの内容を問わないのであれば、3つのシナリオのプレイ時間は合計1時間ほど。しかし実際にプレイした感覚はとても濃密で、たった1時間しか経っていなかったことに驚かされるほどだ。

ロシアのウクライナ侵攻を実感として伝える優れたメディア

 本作をビジュアルノベル作品として純粋に評価すると、ビジュアルノベルの魅力の一翼を担うべきグラフィックスは、写真に油絵のフィルターをかけたのかという程度でしかない。システムも前時代的と言っていいほど稚拙で、[次]のボタンをクリックしないと進まないなど操作性も悪い。

 選択肢によって変動するパラメーターの値をプレイヤーに見せるのも、非現実的なストーリーからゲームという現実に引き戻される感じがして、センスに欠ける。日本のゲーマーからすると、全てにおいて稚拙で、商用のゲームにしていいレベルに達していない。

システム的には稚拙な部分が多い

 それでもなお、本作のシナリオには圧倒される。民間人が自分や家族の命と安全を守るため、どちらを選んでも心を潰されるような選択を何度も繰り返していく様子は、あまりにもリアルで、無残で、救いがない。

 本作のシナリオ自体は、開発者の手によって書かれたフィクションだ。しかし、ウクライナ侵攻で現実に起こったことをもとに書かれており、現実とそう違わないのだろうと感じさせてくれる。ゲーム的な演出や上手な言い回しが目立たない分、侵攻を受けた市民にいかに救いがないかがとてもよく伝わってくる。

どの選択も良いとは言えないものが並ぶ

 そして何より重要なことは、本作で語られているエピソードは決して最悪な場面ではない、ということに気づかせてくれる点だ。侵攻を受けてすぐの爆撃で殺された人、酷い拷問を受けた人、スナイパーに突如撃たれた人、ロシア軍に連行されてその後の行方がわからない人……。彼らは本作で主人公として描かれることはないが、一般市民に対して事実として起きたことだというのが、本作を通してリアルに理解できる。

 筆者はニュースで情報を仕入れるのが趣味という人間なので、ウクライナ侵攻に関しても、本作に描かれている内容は知識として既に知っていた。それでも、一般市民の目線で、彼らが何を思って侵攻の只中にいたのかをまざまざと見せつけられると、やはり心を揺さぶられる。果たしてこれが我が身に降りかかった時、どのように行動できるのかと否応なく考えさせられる。

ウクライナで作られた作品として、冷静な評価も必要

 その上で、本作をプレイしようという方に1つ筆者からお願いをしたい。本作はロシアの侵攻を受けたウクライナ人の体験談などをもとに描かれた作品なので、「ロシアは悪であり、ロシア軍は非道である」という目線で描かれている。ウクライナで開発された作品なので当然であろう。筆者も今回のウクライナ侵攻について、戦端を開いたロシアに全面的に非があると思っている。

ロシア兵に対する心情をあらわにするシーンもある

 本作に描かれていることが今回のウクライナ侵攻において、ただ1つの真実だと思わないで欲しい。本作はあくまでもウクライナ人の目線で描かれた作品であり、情報としてはごく一端でしかない。情報というものは、同じ出来事であっても、見る人、語る人によっていかようにも変化するものだからだ。

 興味や関心を持つなら、国内外のさまざまなメディアからもっと多くの情報に当たり、対立する意見や目線の異なる情報も取り入れて、自分の中でうまく消化して欲しい。どんなことでも唯一の情報を真実と受け止めてしまうと、正常な判断ができなくなっていく。

 ことに本作は、ゲームという感情移入しやすいメディアで、ロシア憎しという感情を強く植え付けてくる。たしかにウクライナ侵攻を決めたロシアという国家には責任があるし、支配地域で悪行を働いたロシア兵には相応の報いがあるべきだ。だが、ロシア人全てが悪人とは限らないし、ロシア人だというだけで差別されるべきではない。そこは努めて冷静な判断が必要だ。

 侵攻されたウクライナは、国家存亡の危機を乗り越えるため、打てる手はすべて打っている。そこから発せられる情報が虚実入り混じるのは当然だ。だからウクライナにも非があると言いたいわけではなく、危機が迫れば嘘をつかねばならない場面もあるということだ。奇しくもそれは、本作でも命の危機が迫った登場人物の行動としてたびたび描かれている。

 筆者は、本作を多くの人にプレイして欲しいと思ってこの記事を書いているが、本作に描かれているようなロシア兵の悪行を周知したいのではなく、あくまでウクライナ紛争に興味や関心を持つきっかけになって欲しい。そこから戦争に至るまでの経緯を知り、何が起こったかを知ることで、自分に何ができるのかを初めて考えられると思う。

 本作の紹介文の最後には「幸いにもチームメンバーの中に死者はいません。もっとも、それも現時点では、の話ですが……」と書かれている。筆者も同じ人間として、1日も早くこの戦争が終わり、ウクライナに元通りの日常がやってくることを願っている。

たとえ本作が真実の一端を描いているとしても、本作だけで全ての情報を得たつもりにならないようにしたい

著者プロフィール:石田賀津男(いしだ かつお)

1977年生まれ、滋賀県出身
ゲーム専門誌『GAME Watch』(インプレス)の記者を経てフリージャーナリスト。ゲーム等のエンターテイメントと、PC・スマホ・ネットワーク等のIT系にまたがる分野を中心に幅広く執筆中。1990年代からのオンラインゲーマー。窓の杜では連載『初月100円! オススメGame Pass作品』、『週末ゲーム』などを執筆。

・著者Webサイト:https://ougi.net/

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